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福岡地方裁判所 昭和30年(ワ)246号 判決

原告 国

訴訟代理人 川本権祐 外二名

被告 中村秀太郎 外一名

主文

訴外有限会社中村石材工業所が昭和二十八年三月三十一日別紙目録記載の不動産につき被告中村秀太郎との間になしたる所有権譲渡行為は原告と被告両名との関係においてこれを取消す。

被告等は各自原告に対し金二百二十五万円及びこれに対する昭和三十年四月五日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用は被告等の負担とする。

事実

原告指定代理人は主文と同旨の判決を求め、その請求の原因として、

「原告は訴外有限会社中村石材工業所(以下訴外有限会社と略称する)に対し、昭和二十八年三月三十一日現在法人税等合計金四百十万一千二百四十円の租税債権を有し、右訴外有限会社は現在に至るまでこれを滞納しているものである。しかるに訴外有限会社は昭和二十八年三月三十一日その差押を免れるため、故意にその全資産たる別紙目録記載の不動産(以下本件不動産と略称する)を同会社代表取締役の地位にあつた被告中村秀太郎に譲渡し、次いで同被告は翌月三日これを自己と特殊の関係ある被告中村石材工業株式会社(以下被告株式会社と略称する)に譲渡し、被告株式会社はこれを更に同年十二月二十八日情を知らない訴外株式会社日立製作所に対し金二百二十五万円で売渡した。よつて原告は原告と被告両名との関係において訴外有限会社と被告中村秀太郎との間になされた昭和二十八年三月三十一日附所有権譲渡行為の取消を求めると共に、被告両名に対し本件不動産に代えて前記売買代金相当の損害金二百二十五万円の賠償並びにこれに対する本訴状送達の翌日以降完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため本訴に及んだ」と陳述し、被告の抗弁に対し、「本件不動産が昭和二十七年三月三十一日以前被告秀太郎の所有に属していたこと、昭和二十六年度の訴外有限会社の総所得金額を金四百三十万六千円と認定したこと(但しその課税額は金二百四十八万七千二百三十円である)、同訴外会社が昭和二十八年二月二日金五十万円を一部納税したこと、同月六日分割納税の申請がなされたがそれを拒否したこと、しかして昭和二十七年二月九日以降同二十八年二月二十四日までの間に右訴外会社の機械、器具什器、電話加入権等を差押え、同年六月二十二日より昭和二十八年九月二十六日までの間に公売したこと(但しその公売代金は金六十五万九千円である)、及び被告等主張のような譲渡差益を認定課税したことはいずれも認める。

ところで本訴における原告の請求は、もと被告秀太郎の所有に属していた本件不動産が同人の訴外有限会社に対する仮払債務を決済するため昭和二十七年三月三十一日同訴外会社に譲渡されながら、その後昭和二十八年三月三十一日同会社の解散に至つて再び被告秀太郎に譲渡されているので、この昭和二十八年三月三十一日附譲渡行為そのものの取消を求めているに過ぎない。被告等はその点所轄税務署の指示に基づく経理操作に過ぎず、実質的には本件不動産は被告秀太郎の所有であつたように強弁するが、所轄税務署は訴外有限会社の昭和二十五年度分法人税につき益金脱漏額百三十八万九千百二十八円について更正処分を為しただけであつて、特別に被告等主張のような指示をした事蹟はなく、又その必要も、権限もない。そもそも訴外有限会社及び被告秀太郎並びに被告株式会社は一身同体の関係にあり、しかも僅か数日のうちに本件不動産は右三者間を順次移転されながら現金の授受は全くなされずして決済されており、その理由が被告等の云うように訴外有限会社の被告株式会社に対する債務弁済のための処分であるとすれば巨額の租税債務のみを殊更に放置したこと自体に被告等の詐害の意思歴然たるものを認め得よう。

福岡税務署が代位登記をしなかつたのは被告等主張のように詐害行為を認容したわけではなく次のような事情に基くものである。すなわちこれより先本件不動産については訴外有限会社に対する滞納租税債権に基き昭和二十七年十一月二十八日差押えの手続を採つたが、当時登記簿上は訴外有限会社の名義になつていなかつたので差押登記ができず、結局昭和二十八年一月二十八日解除の手続を採り次いで同年二月十一日本件不動産のうち建物についてのみ代位登記の嘱託をしたが、書類不備のため却下されたからに他ならない。

しかして本訴において被保全債権として主張する国税は昭和二十八年三月三十一日現在の滞納分であり、被告等主張の譲渡差益を含む国税は昭和二十七年度分で両者は全く関係のないものである。もとより譲渡差益に課税し、且つ当該譲渡を取消し譲渡物件の価格相当の金員の返還を求めるのは決して被告等主張のように違法でも不当でもない。なぜなら詐害行為取消の効果は相対的なもので、取消された結果、受益者が債権者に請求金額を支払えばその限度で債務者の債務は消滅し、他方債務者が受益者に右限度の償還をなしたとしても、尚債務者は実質的に譲渡差益を保有することになるからである」と附加陳述し、

被告等訴訟代理人は

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決を求め、答弁並びに抗弁として、

「訴外有限会社が原告主張のように租税を滞納していること及び本件不動産が昭和二十八年四月三日被告秀太郎より被告株式会社に譲渡され、更に同年十二月二十八日訴外株式会社日立製作所に金二百二十五万円で売渡されたことは認めるが、その余の事実は否認する。本件不動産はもともと被告秀太郎の所有に属するもので、これを一時所轄税務署の指示に基づく経理操作のため訴外有限会社に貸与して信託的に譲渡していたに過ぎないものであるから、元来訴外有限会社の債務の一般担保ではなく、従つてその債務についての詐害行為の対象にはならないものである。すなわち本件不動産のうち宅地八十七坪九合四勺は、昭和二十六年中被告秀太郎が訴外城戸タマより買受けたものであり、建物は、被告秀太郎において住宅金融公庫借入等の資金によつて同年中に右宅地上に建設したもので、いづれも被告秀太郎の個人所有物件である。ただこれらを訴外有限会社の経営を助けるため、宅地については城戸タマ名義のまま、建物については昭和二十八年三月十六旧贈与の名目で所有権移転の登記をなしていたに過ぎない。しかるに昭和二十八年三月末に至り訴外有限会社が解散することになつたので、右不動産の返還を受け、宅地については城戸タマ名義のまま、建物については同年四月二日贈与の名目で再び被告秀太郎に所有権の移転登記をなし、次いで被告株式会社は本件不動産を被告秀太郎の個人所有の物件として相当価格(代金百六十七万円)で買受けたものである。それ故本件不動産は訴外有限会社の国税滞納についての詐害行為の対象にならないこと勿論である。

前叙のように本来被告秀太郎の個人所有に属する本件不動産が、一時的にもしろ、訴外有限会社えその所有名義が移転したのは、所轄税務署において訴外有限会社の経費支出を不当に否認されたので止むなくこれを被告秀太郎個人の仮払となし、その見返りとして本件不動産を提供して仮払を落した経理操作による関係からで、実質的に被告秀太郎の個人所有であることには変りがなかつたのである。しかし訴外有限会社の経営が困難となり、解散に決するや、本件不動産のみでは右訴外会社の負債の整理が出来ず、その為負債整理の方法として本件不動産は一応本来の所有者である被告秀太郎にその所有名義を移転し、これに被告秀太郎等の他の個人財産を加えて合計金三百六十七万円(内訳は本件不動産が百六十七万円、その他被告秀太郎及びその弟建次郎の個人所有の不動産、工場、機械、器具等二百万円)で被告株式会社に譲渡し、訴外有限会社の三百六十七万円に上る負債を被告株式会社が引受決済することとして、訴外有限会社の債務の整理をつけたものである。そのように本件不動産の譲渡処分は、訴外有限会社の債務弁済のため、相当価格でなされているのみならず、訴外有限会社の債務整理には被告秀太郎等の個人財産二百万円相当のものを提供している実状にある。他方訴外有限会社に対し、所轄の福岡税務署は昭和二十六年四月より昭和二十七年三月までの所得額を四百三十万六千円と過大に認定し、それに対して二百六十八万七千円の過大な税金を課したので、訴外有限会社は経営困難となり、税務署に対しては課税の適正なる処置を求めると共に、昭和二十八年二月二日金五十万円の一部納税をなし、同月六日分割納入方を申入れたが許されず、かえつて同月十月には本件不動産及び訴外有限会社の機械、器具、什器、電話加入権及び債権を差押えられた。そして本件不動産以外はそれぞれ公売されて金七十三万二百六十八円の公売代金が所轄税務署に納入されている。又このほかにも訴外有限会社は物品税罰科金十七万六千四百円、市民税一万七千四百七十円、固定資産税四万九千二百円、健康保険料三万八千二百十円、失業保険料九万四千百三十七円、県事業法人税十九万二千七百五十円、市法人税三十万六百十円その他課税及び諸債務の支払を、その資力及び同会社代表取締役であつた被告秀太郎の個人の資力の許す限り誠意をもつて支払つていた。ところが福岡税務署は昭和二十八年二月十一日債権者代位による家屋所有権移転登記代位嘱託書に被告秀太郎の承諾書を徴しながら、その後本件不動産に対する差押はこれを解除し、かえつて訴外有限会社より被告秀太郎に本件不動産を譲渡した際の価格金百六十一万三千五百十七円五十銭は不当に安い価格であるとして、この譲渡価格を金三百五十七万円と認定し、その差額金百九十五万六千四百八十二円五十銭は譲渡差益であり、それは被告秀太郎に対する賞与であると認定して、これに対し法人税八十六万二千八百円、認定賞与の源泉所得税及び加算税として金百二十一万三百五円、合計金二百七万三千百五円の課税をなしているし、又被告株式会社は被告秀太郎より本件不動産を金百六十七万円で譲り受け、訴外株式会社日立製作所に金二百二十五万円で売却しているのでその差益金五十八万円より雑費を差引いた金二十一万四千百八十一円については営業外雑収入として課税を受けているような実状である。

すなわら、所轄税務署は訴外有限会社より被告秀太郎に対する本件不動産の譲渡に際して譲渡差益を認定して課税し、被告株式会社より訴外株式会社日立製作所えの売渡差益金に課税することによつて右各譲渡行為を詐害行為にあたらずとして認めていたものであり、又被告秀太郎等は本件不動産以外にも二百万円に上る個人資産を提供して訴外有限会社の負債整理に当つたにも拘わらず、不当苛刻な課税に対する分までは支払を完うし得ざるに至つたに過ぎないから、訴外有限会社及び被告等において詐害の意志がなかつたことは余りにも明白なことと言わねばならない。

しかるに原告は本訴において右各譲渡行為を取消し、被告等より金二百二十五万円を取立てんとしているのであるから、これは二重に過大な要求をなすものと言うべく、国家として甚しき非違を敢えてせんとするもので、原告の請求は失当も甚しい」と答えた。

立証〈省略〉

理由

訴外有限会社中村石材工業所が昭和二十八年三月三十一日現在法人税等合計金四百十万一千二百四十円の国税を滞納していること、及び本件不動産が昭和二十八年四月三日被告中村秀太郎より被告中村石材工業株式会社に譲渡されたことは当事者間に争がない。

ところで原告は本件不動産が昭和二十七年三月三十一日被告秀太郎より訴外有限会社に譲渡されていながら、昭和二十八年三月三十一日再び被告秀太郎に譲渡されるに至つたのは冒頭掲記の滞納国税につき差押を免れるためになされた詐害行為であると主張し、被告等はこれを否認して、本件不動産はもともと被告秀太郎の個人所有に属するもので、訴外有限会社にその所有名義が移つたのは同訴外会社の経営を助けるため経理操作の関係から貸与して信託的に譲渡していたものであり、訴外有限会社が解散するに至つた関係上その返還を受けたに過ぎず、訴外有限会社の債務の一般担保をなすものではないから詐害行為の対象にならない、と主張する。

そこで先ず本件不動産の所有権の帰属について判断する。本件不動産が昭和二十七年三月三十一日以前において、被告秀太郎の所有に属していたこと、及び本件不動産が訴外有限会社より被告秀太郎に再び移転した際所轄税務署が譲渡差益を認定したことは当事者間に争がなく、これらの事実に、成立に争がない甲第四乃至第十一号証(うち甲第八号証は一、二)、甲第十八、第十九号証乙第十五、第十六号証、証人渡辺貞夫の証言により真正に成立したと認められる乙第十九号証の一、二の各記載並びに同証人及び証人木村穰、同小宮純一(第一、二回)の各証言を綜合すると

訴外有限会社の帳簿面では、本件不動産(土地、建物)は昭和二十七年三月三十一日附で代表取締役であつた被告秀太郎の仮払債務決済のため、合計金百十五万円(土地四十万円、建物七十五万円)で同人より訴外有限会社えその所有名義が移り、丁度一年を経過して訴外有限会社が解散に決した昭和二十八年三月三十一日代金百六十一万三千五百十七円五十銭で再び被告秀太郎に復帰していること、その間、すなわち、訴外有限会社に所有名義のあつた間被告秀太郎は建物使用料として家賃月額三千円を五ヶ月分納入し、それは訴外有限会社の雑収入として計上されているし、又本件不動産について被告秀太郎が他より負担していた借入金も訴外有限会社が引受けてその借入金として計上され、且つ訴外有限会社の昭和二十六年四月一日より同二十七年三月三十一日までの決算報告書においては昭和二十七年三月三十一日現在で本件不動産はその資産として計上されるなど帳簿上は完全に所有権が訴外有限会社に移転した取扱になつており、以上の帳簿上の記載は被告秀太郎の指示に基いてなされ、同人も充分にその記載の有する意義を承知していたこと、その結果所轄福岡税務署は本件不動産を法人財産と認め、昭和二十八年二月十一日附で本件不動産のうち建物についての所有権移転登記を訴外有限会社になすべく、代位登記の嘱託をなしたが、その際被告秀太郎は右建物が訴外有限会社の建物であることを認めて右登記嘱託を承諾する旨の承諾書を提出していること、ところが右登記が手続上の不備から遂になされずに終つたところ、昭和二十八年三月十六日に至り被告秀太郎において自発的に登記簿上も同人より訴外有限会社え所有権移転登記がなされていること、その後(昭和二十八年三月三十一日訴外有限会社の解散後)福岡国税局の係官の臨場調査に際しても、本件不動産がもともと被告秀太郎の所有で訴外有限会社え貸与していたものである等の弁解もなされず、昭和三十年一月十日附福岡国税局長より被告秀太郎に対する滞納国税の納付について(通知)と題する書面により昭和二十八年三月三十一日訴外有限会社より被告秀太郎に対する本件不動産の譲渡は詐害行為である旨の通知に対して、被告秀太郎の返信中にも譲渡差益についての不服は述べられているが、さきに述べたような本来被告秀太郎所有に属するもので訴外有限会社に貸与していたに過ぎない等の弁解は毫もなされていないこと等を認めることができ、被告中村秀太郎本人尋問の結果中以上の認定に反する部分は前顕各証拠と対比して容易に信用しがたいし、乙第一乃至第六号証、第一六号証(その一部)はその記載内容をそのまま信用するとしても、当事者間に争のない昭和二十七年三月三十一日以前において本件不動産が被告秀太郎に帰属するに至つた経過を示す以外の何物でもなく、その後も引続いて被告秀太郎にその所有権が存したことを認めるべき資料とはなり得ず、他に以上の認定を覆えすに足りる証拠は存しない。

そうだとすれば他に何等採用するに足りる反証のない本件においては、本件不動産の所有権は昭和二十七年三月三十一日被告秀太郎より訴外有限会社にその所有権が移転され、更に昭和二十八年三月三十一日再び被告秀太郎に所有権が譲渡されたと解するほかはない。

よつて右昭和二十八年三月三十一日の本件不動産の譲渡行為が果して詐害行為に当るか否かにつき判断する。

訴外有限会社が冒頭掲記のように国税を滞納していること、昭和二十八年四月三日本件不動産が被告秀太郎より被告株式会社え譲渡されたこと、訴外有限会社が昭和二十八年二月二日金五十万円を一部納税し、同月六日分割納税の申請をなしたが、これを拒否されたこと、及び訴外有限会社の機械、器具、什器、電話加入権等が国税滞納のため差押公売されたことはいづれも当事者間に争がなく、これらの事実に成立に争のない甲第三乃至第五号証、第十四乃至第十六号証、第二十号証、乙第十五、第十六号証、及び確定日附部分の成立に争がなくその余の部分については証人豊福後二の証言により真正に成立したものとみとめる乙第十、第十一号証の各一、二、並びに証人木村穰、同渡辺貞夫、同豊福後二、同小宮純、(第三回)の各証言を綜合すれば、

訴外有限会社代表取締役であつた被告秀太郎は、前記滞納国税の処理にくるしみ、昭和二十八年二月中一部納税、徴収猶予、分割納税の申請等種々の方策を講じて来たもののうまくゆかず、遂に同会社は経営困難のため解散することになり、同年三月三十一日限り収支を締切り同年四月二十日解散するに至つたが、もともと訴外有限会社の事務所、工場、石材置場等の不動産や工場据付機械の一部などは被告秀太郎及びその弟建次郎個人の所有名義であり、且つ解散当時頃までに会社所有の差押可能物件は国税滞納のため殆ど差押えられていたような状態にあつたから、本件不動産を除いて資産のみるべきものは少く、その上訴外有限会社は解散に当り本件不動産を除いた残余の資産(機械器具、出資金、資材等)を挙げて新たに設立された被告株式会社に債務と共に譲渡(引継)したので、訴外有限会社の資産は皆無になり、しかも右両会社間の債権債務の決済は公課を除く旨の契約がなされていたので、前記滞納国税についての担保は全くなくなつてしまつたこと、しかして本件不動産は、さきに認定したように、訴外有限会社が解散に決した昭和二十八年三月三十一日直ちに被告秀太郎に譲渡され、同年四月二日そのうち建物については所有権移転登記もなされているが、翌三日には建物について売買予約による所有権移転請求権保全の仮登記まで附されて被告株式会社に譲渡され(譲渡の事実は争がない)その間には全く現金の授受はなされていないこと、被告株式会社はその所在地、事業目的、人的、物的設備、得意先等全く訴外有限会社と同一で、訴外有限会社の代表取締役であつた被告秀太郎は、被告株式会社においては単なる社員であるが、その弟建次郎が設立後二週間位して(その間は豊福後二が代表取締役に在任)代表取締役となつていること、その後昭和三十年一月十日附福岡国税局長より被告秀太郎宛の通知(滞納国税の納付についてと題する文書)に対し、被告秀太郎は右国税局長宛書面で訴外有限会社の解散当時の公課の負担状況を説明し、個人資産もないので善処方を願う趣旨を明らかにしている事実を認めることができ、他に以上の認定を左右する証拠は存しない。

してみれば訴外有限会社(その代表者は被告秀太郎)の前記昭和二十八年三月三十一日の本件不動産譲渡行為は、同会社の滞納国税債務の担保となるべき一般財産を減少させる行為であり同会社においても右国税についての差押を免れる結果となる事を知つていたものと言わねばならないから、将に詐害行為に該当するものと解せざるを得ない。そして右の結論は、本件不動産が被告等主張のように他の債務の弁済のために時価相当で譲渡されたかどうかによつて、いささかも左右されるべきものでないことは言うまでもない。

しかるに被告等は譲受人(受益者)である被告秀太郎及び転得者である被告株式会社は共に善意であつて詐害の意思はなかつた旨抗弁するけれども、前段において認定したような訴外有限会社その代表取締役である被告秀太郎、被告株式会社及びその代表取締役である中村建次郎間の特殊な関係、訴外有限会社の解散、被告株式会社設立当時の事情、両会社間に於ける債権、債務引継のために行われた操作の内容等を併せ考えると、被告等において詐害の意思がなかつたとは認め難く、他に被告等の抗弁を採用するに足りる証拠は存しない。なるほど証人木村穰の証言によれば訴外会社は一度本件不動産の差押を受けた後右差押を解除されたことが認められ、かえつて前記被告秀太郎えの譲渡には訴外会社に対し譲渡差益が認定課税され又被告会社に対しても同様売渡差益に認定課税されていることは原告も又争わないところであるが、これをもつて被告等主張のように福岡税務署が右譲渡行為を詐害行為に該らないとして認容した根拠とはなし難い。なぜならば証人木村穰の証言及び成立に争のない甲第二十二号証の一、二によれば右譲渡差益に対する課税は原告が本訴において被保全債権として主張する租税債権の中には含まれていないことが認められるし、又本件不動産の譲渡が不当に安い価格でなされたと福岡税務署において認定しその譲渡差益金に課税した後、更に周到な調査を遂げた結果原告において右譲渡行為が詐害行為であるとの見解に基き取消の訴訟を提起したことは前掲各証拠により認められるところであるからである。若し仮りに譲渡差益の認定が不当であり且つ又その額に不服であればこれを争う途は別に残されているのであるから、彼と此とを混同し譲渡差益を認定したことを以て直ちに詐害行為に該当せずとする被告等の見解は到底採用することができない。

してみれば訴外有限会社より被告秀太郎に対する昭和二十八年三月三十一日附本件不動産の譲渡行為はさきに認定したように詐害行為として原告と譲受人(受益者)たる被告秀太郎及び転得者たる被告会社との関係においてその取消を免れない。しかして本件不動産が昭和二十八年十二月二十八日被告株式会社より訴外株式会社日立製作所に金二百二十五万円で譲渡されたことは当事者間に争がなくその際同訴外会社において右譲渡行為が原告を害する事実を知らなかつたことは弁論の全趣旨によりこれを認めることができる。してみると原告は被告両名から本件不動産自体の返還を求めることが不能もしくは困難であると云う外はないので、被告等に対し右不動産の回復にかえてその価格の賠償を請求し得るものと言うべく、そして証人西田保雄の証言によれば、前記金二百二十五万円の売買代金は当時における時価相当額であると認められるので、他に特段の事情の認められない本件においては、右不動産は現在においても右価格を下らないものと言うことができる。さすれば被告等は原告に対し各自右不動産の価格に代えてその価格相当金二百二十五万円を賠償すると共に、右金員に対する訴状送達の翌日であること記録上明かな昭和三十年四日五日以降完済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

よつて原告の本訴請求は正当としてこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条第九十三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 川井立夫 高石博良 麻上正信)

目録〈省略〉

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